
2018年から2020年にかけて、米国のトランプ大統領(当時)は「アメリカ・ファースト」を掲げ、中国をはじめとする貿易相手国に対して次々と追加関税を発動した。鉄鋼やアルミ製品、自動車部品などが注目を集める中で、医薬品分野への影響も徐々に表面化していった。
本稿では、日本の医薬品企業がこうした米国の関税政策によって受けた直接的・間接的な影響と、ポスト・トランプ時代における今後の対応について検証する。
◆サプライチェーンへの影響と不確実性の増大
トランプ政権下では、中国からの原材料・中間品に対して最大25%の関税が課され、米国国内での薬価上昇とともに、世界的な製造コストの変動が生じた。これにより、日本の製薬企業が中国経由で調達していた原薬(API)のコストが上昇し、収益構造に影響を与えた。
特に後発医薬品(ジェネリック)を中心に事業展開している中堅・中小の製薬企業では、製造コストの上昇を価格に転嫁しきれず、収益を圧迫される場面も多く見られた。
◆米市場依存と輸出コストの上昇
米国は、日本の医薬品輸出先として最大規模を誇る市場である。米国内での医薬品製造拠点への優遇策と保護主義的措置は、日本企業に対し“現地生産”を事実上促す圧力となった。
たとえば、武田薬品工業はトランプ政権下での動きを受けて米国での生産体制強化を進め、同時に研究開発拠点の再編を行った。一方、国内企業の中には米国向けの輸出減少や、現地販売網の維持コスト増加に直面し、米市場からの撤退や縮小を検討するケースも出始めた。
◆“脱中国”と多国籍調達戦略
関税の影響は中国だけにとどまらない。トランプ政権下で米中対立が激化し、サプライチェーンのリスク回避の観点から、“脱中国”の流れが日本企業にも波及した。医薬品原料の調達先を東南アジアやインドに切り替える企業が増加し、サプライチェーンの多様化が進んだ。
しかし、こうした切り替えには時間とコストがかかるため、短期的には調達不安や品質管理コストの上昇という新たな課題も生まれた。
◆今後の展望と政策的課題
バイデン政権下では一定の関税緩和が期待されていたものの、「米国製造回帰(メイド・イン・アメリカ)」の方針は継承されており、医薬品分野でも引き続き地政学的リスクと経済的障壁の両立が求められる。
2025年現在、日本の医薬品企業は以下の3点を軸にした対応が求められている。
- 生産拠点の分散と海外工場の強化:米国やEU市場にアクセスしやすい拠点の新設や拡張。
- 研究開発体制の国際連携:国内中心から、海外研究機関との連携によるリスクヘッジ。
- 政策対話の強化:WTOやFTAなど多国間協定を通じた関税リスクの低減と透明性の確保。
◆結び:保護主義とどう向き合うか
トランプ時代に始まった通商政策の大きな転換は、医薬品業界に「グローバル化の限界」を突きつけた。今や、品質や価格だけではなく、供給の安全性と政治的安定性が競争力の一部となっている。
日本の製薬企業が、変動する国際秩序の中でどう舵を切るか。対応を誤れば市場を失い、正しく動けば新たな成長機会となる。医薬品は単なる商材ではなく、人の命に関わるインフラである。その供給体制が国家戦略の一環として捉えられる時代が、すでに始まっている。
コメント